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医療

子宝に恵まれる

私は、愛するダンナとの間に元気な子供を授かることができた人なので、とてもラッキーで恵まれているんだと思います。子供と過ごす喜びが、何にも代えがたい大きな幸せであることは本当によくわかります。 

しかし将来、子ども自身が思い悩むであろうと容易に想像できる方法で「自分が」どうしてもほしい子どもを得る、というのは究極のエゴなのではなかろうか。。。命の始まりに対する畏れが失われてはいないだろうか。。。と、少し恐ろしく感じてしまったのです。 

不妊に悩む方々が、納得いくまで治療を続けることを否定したいのではありません。治療であるならば、もっともっと支援があっていいと思います。 
ただ、精子や卵子を他人から提供してもらう、というのは個人的な感覚として治療??なの??と感じちゃう訳です。 
臓器移植、、とは違いますよね。 
新たな命の源をやりとりするのですから、なんか違うのではないか、と。。 
子どもがほしい、と切に願う女性にとっては素晴らしい希望に満ちたニュースなのかもしれません。が、自分が望む通りの赤ちゃんが生まれてくるとは限りません。どんな妊娠についても、母子ともにリスクはあります。そのあらゆるリスクを引き受けなければならないのです。また、生まれてくる子どもが自分の存在自体について深く思い悩むであろうことに心を寄せてよくよく考え抜かなければ、手を出してはいけない領域のような気がしてなりません。 

子どもがほしいのに産めないことを悲しむ女性の気持ちを、私が本当にわかっているとは自分でも思いませんが、、 

この先どうなるのかはわかりませんが。。この度、無事に命を授かることができたならどうかどうか、喜びに満ちた幸せな子どもとして成長していけますように。。 
ちょっと話がお硬くなっちゃってすみません。
じゃあ今日は定期付き終身保険を調べてからねまーす。

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